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† untitled †〜しあわせは彼女のかたち〜
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題名の無い一枚の絵。
ここに現れる登場人物、「あんたいとるど」の日常が描かれる。
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− タイトルなし −

2009/07/04 03:02
「“壊れてしまうもの”は、もう元には戻せないの?」
その澄んだ瞳はただ潤うことを知らない。こみ上げる感情の湧き水も滴ることはなく。
――もう元には戻せないんだよ。
記憶の水底で、その言葉の波紋が響く。
「“壊れてしまうもの”って、いったい・・・」
水面に立つ小波。映った自分の顔が揺らいでいる。
あなたは誰なのか、誰の声が自分の中で響いているのか。声の主を探ろうとも、この閉ざされた両穴は再び開くことさえ知らない。
――もう元には戻せないものだよ。
水底に橙色の光が見える。あれは火だろうか。松明の火は、次第に燭台に灯るような小さな火へと、終いには線香に灯った明かりのように小さく、遠退いていく。その光が見えなくなったとき、私は考えるのをやめた。

しばらくして・・・どれくらい経ったのだろうか。一晩の眠りから覚めるかのような、それくらい心地よい時ではあった。気がつくと、私は水面に浮いていることに気づいた。実際にこの目で確認したわけではない。数少ない経験ではあるが、私はこの何かに浮いている感覚を知っていたからだ。不思議なことに体は全く動かない。片目は微かに開いているか、開いていないかというところだろうか。それでも何も見えないということは、夜なのだろうか。
水面に浮きながら考えた。あの声・・・。
――もう元には戻せないものだよ。
この言葉を解する術を私は持たなかった。その代わり、想像することはできた。壊れてしまうものはすなわち元には戻せないものなのだ、ということ。壊せるものを一通り想像した。機械や、道具、そういえば、誰か大切な人の食器を壊してしまって怒られたっけ。
今まで自分はどれだけ多くのものを壊してきたのだろう。無理な乗り方をして、自転車の補助輪が壊れてしまったことがあった。でも、誰かがちゃんと直してくれたなぁ。また自転車で誰かとどこかへ行くことができる、ってはしゃいでいた。壊れたものでも、ちゃんと直せば元通りになるんだ、ってそのとき知った。・・・おかしい。これでは話が矛盾している。
右半身が水の中に浸かっていく感覚を感じた。今はそんなことはどうでもよかったが。元通りになるものは、すなわち元に戻せるものである。私が今まで壊してきたと思っていたものの大半は元に戻っている。元には戻せないものという定義では説明がつかない。もしかすると、元には戻せないものではなく、元には戻らないものなのではないか。あるいは、元に戻せるものは壊れていないのではないか。そんな考えが頭の中を廻っていた。記憶の水面をもっと深くまで潜り込んで探してみた。あの会話をもう一度思い起こしてみた。
「“壊れてしまうもの”って、いったい・・・」
――もう元には戻せないものだよ。
そうか、質問にも定義があったのだ。私は肝心なところを見落としていたようだ。そのとき、体がなにかザラッとしたところに触れ、そこから動かなくなった。
質問は、「壊れてしまうもの」であった。私は今まで「壊れてしまったもの」を考えていた。「壊れてしまったもの」は、例え元に戻したところで「壊れてしまう前」には戻ることはできない。壊れたものをただ直されただけの、一度は壊れてしまったものだからである。私がこれまで元に戻してもらっていたものは「壊れてしまうもの」ではなかったのだ。
では、「壊れてしまうもの」とは、一体何なのだろうか。私は再び思考の螺旋階段を行っては来るを繰り返した。湿っていた自分の体の感覚が次第に渇きを覚えていく。左の腕がジリジリ熱い。すると、大勢の軍団が迫ってくるような足音を感じた。どうやら、こちらに向かってくるようだった。何か歩き回ったり、触られたりする感覚はあるが、話し声は一切聞こえてこない。ただ頭の中で考えたり、感じたりすることだけならできた。それがどういうことか、今の自分には到底たどり着ける答えを持ち合わせていなかったので、考えることだけを続けた。
――はい、私の娘です。
突然、誰かの声が聞こえた。
――もう、娘は戻ってはこないんですね・・・
聞き覚えのある声だった。妙に白々しさを覚えた。何故だろうと考えた。娘とは自分のことだろうか。そういえば、一度水面に映る自分の姿を見たことがあったなぁ。波でぼやけてよくは見えなかったが、茶色い長い髪に、自分で言うのもなんだけどきれいな顔立ちをしていた。今は片目が微かに開いている感じがするが、一向に見える気がしない。
意識の向こう側で、誰かが名前を呼んでいる。「娘は戻ってこない」という言葉が頭の中を廻った。娘が自分だとするのならば、自分は戻らないものだということになる。ようするに、「壊れてしまうもの」である。しかし、この動かない、考え感じることしかできない自分をどうにも説明できなかった。説明できないということは、自分がどうなっているかを知らないということだった。知らないものは説明できないものであり、知っているものは、説明しないものであって、説明できるものである。では、動かないこの体は・・・
そのとき、私は全てを悟った。
壊れてしまうもの、それは・・・
私は白目を向いた両目をむき出しに、その声の主の方向を向いてこう言った。
「“壊れてしまうもの”は私だ!」

1987年、7月16日。Y県にあるとある湖で、少女の水死体が発見された。警察は少女の父を容疑者として逮捕した。少女の父A氏は、「全てを壊してしまいたかった。人生が嫌になった」と犯行を認めている。少女は今年4月に県立の某高等学校へ入学したばかりだった。少女は父思いの良い娘で、近所では評判であった。警察の話では、少女の父は娘を目に下途端突然何かにおびえ始め、全ての犯行を供述したという。
1987年、7月20日。先日報道したY県の某湖で少女の水死体が発見された事件で逮捕された少女の父A氏が、留置所の中で発狂し、死んでいるのを職員に発見された。職員の話では、水気の無い場所だったが、死体はなぜか全身濡れており、片方の目だけ白目を向いていたという。

現在、少女の墓は某寺に葬られているが、夜そこを男女で歩いてはいけないという噂が流れるようになった。あなたも、そこを歩くとき、水の滴る音が聞こえたら、真っ先に逃げてしまうことを、おすすめいたします。少女の問いが聞こえないうちに・・・



“コワレテシマウモノ”ッテ、ナアニ?









「ねぇ、パパ・・・“壊れてしまうもの”は、もう元には戻せないの?」
「もう元には戻せないんだよ・・・いいかい、よく聞きなさい。これからパパは別の女の人と結婚する。
 お前の新しいお母さんだ。仲良くできるか?」
「いや!パパ!ママをなおして!!そうすればだいじょうぶでしょ?新しいママなんていらない、ママはママしかいないの」
「・・・・・」
「パパ・・・壊れてしまうものって、いったい・・・なんなの?」
「・・・もう、元には戻せないものだよ。」
「私も・・・壊れちゃうの?」
「大丈夫さ。お前だけは・・・ちゃんと壊さないようにするからね。」
「どういうこと?」
「誰にも壊させはしないさ・・・だって、お前はパパの――」
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